2005年1月17日の投稿

2005-01-17
くもり

1.17 節目の日に防災の確認を

ゆりこ による 00:00:00 の投稿
カテゴリー: 社会問題
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1995年1月17日、早朝の大きな揺れは恐しいものでした。ガタガタという振動、茶碗や皿が落ちて割れる音。今までに体験したことのない地震だったのです。当時生活していた関西の実家は震源からは 70km ほど離れていて震度4ぐらいの揺れでしたが、それでも布団にくるまって揺れが収まるのを待ちました。

テレビをつけると、大阪府で震度5,兵庫県で震度6などの情報が出ています。家の被害は、皿が数枚割れただけで家具が倒れたりはしなかったので、一安心。それでも再度寝ることはできず、テレビを見つつ学校に行くまでの時間を潰していました。その時、神戸や淡路地域ではもっと凄まじい状況だったとは露知らず……。

その後判明した被害状況はみなさんもご存知の通りです。ボランティアが多数立ち上がって災害支援が行なわれたことも、今までの災害にはなかった動きでした。

10年目となる節目の日。改めて、みなさん自身の災害対策を確認してみてはいかがでしょうか。

  • 災害時の連絡網はあるか
  • 避難経路および避難場所を把握しているか
  • 家具の倒壊対策はしてあるか。タンス、本棚、テレビ、パソコン等
  • 非常持出袋はあるか。内容: 水、非常食 (賞味期限OKか?)、替えの下着、サンダル、懐中電灯、予備電池、トイレットペーパー、新聞紙、ゴミ袋、小銭、保険証のコピー、郵便局・銀行口座の番号メモ (通帳や印鑑は入れちゃだめ)
  • その他

というわたしも、非常持出袋はまだ作っていなかったりします……。さっそく準備しなければ。

帰りも在来線

ゆりこ による 00:00:01 の投稿
カテゴリー: 旅行

関西からの帰りも18きっぷ利用による在来線移動のつもりでしたが、新装なった NHK 神戸放送局を見学していると、すでに15時すぎ。自宅に帰るには三ノ宮 15:10 発の新快速が終電なのに、間に合いません。

どこかで新幹線ワープ (1,2駅だけ新幹線に乗ること) すればいいと安易に考えて駅に向かいました。乗れたのは、三ノ宮 15:25 発の野洲ゆき新快速。野洲で米原ゆき普通に連絡して米原には 17:13 に着きます。わずか3分前の 17:10 に「終電」である浜松ゆき特別快速が出てしまうという、いけずなダイヤグラムです。しかし、よく時刻表を見てみると、17:22 発の特急しらさぎ号に乗れば、垂井で特別快速を追い越して、大垣で乗り換えることが可能なようです。米原〜大垣であれば、乗車券と特急券を合わせても1380円であり、新幹線ワープよりも安いことは確実なので、この方法を採用することにしました。

湖北のおはなし

さて、米原駅に到着。やはり特別快速は先に出ていて、もぬけの殻。ホームで井筒屋の「湖北のおはなし」という駅弁を買い、しらさぎ号を待ちます。「特急券は車内で購入してください」というアナウンスがあるので、そのまま乗車しました。さすがに特急はなめらかに峠を走り抜け、垂井で颯爽と特別快速を追い越しました。これで一安心。

米原から25分で大垣に到着。あれ? 車掌が回ってこなかったぞ?? ということで、運良くタダで特急に乗れてしまいました。ヘタに駅員に申告するとモメたり時間を食われたりで元も子もなくなるので、ほどなく入線してきた特別快速に乗車してしまいました:-):-) まあ、JR 東海がせこいダイヤを組むから「しらさぎワープ」が必要となるわけで、まともなダイヤなら払わなくてもいい運賃・料金です。民営化直後から「JR 倒壊」と揶揄されている経営体質だけに、これぐらいはサービスしてもらわないと許せない:-)


その後はスムーズに乗り継ぎか、と思ったのですが、人身事故があったらしく、浜松で乗り継ぐ列車が 19:54 発の普通列車ではなく、19:37 発の普通列車 (20分遅れ) になりました。実質3分遅れなので全く問題なく、静岡の乗り継ぎも予定の列車になりました。

さすがに「終電パターン」はひやひやモノでしたが、それでも新幹線を使うよりは安いし、トラブったら新幹線ワープすればいいので、大舟に乗った気持ちで移動できました。

さて、18きっぷが1回分余ったので、どうやって消化しよう……。