2005年2月の投稿
2005-02-02
Mac mini が発売されたと思ったら、今度は Power Book G4 が新しくなりました。CPU の性能こそ、1.5GHz〜1.67GHz ということで少ししかアップしていませんが、トラックパッドスクロール機能、緊急モーションセンサー、Bluetooth 2.0+EDR など、新技術を取り入れています。
従来マシンでも、トラックパッドでスクロールをを実現する SideTrackなどのシェアウェアがありますが、これはトラックパッドの右辺を上下になぞると上下スクロールになるなど、Windows のノートPCで採用されているのと同等の機能になっています。新型 PowerBook は「2本の指で同時になぞる」ことで、トラックパッドのどこをなぞっても OK なのがすばらしいところです。斜めになぞれば斜めにスクロールします。
緊急モーションセンサーは、落下や急な移動を検知してハードディスクの動作を止めるというもので、データの喪失を防ぐことができます。持ち運びの多い PowerBook ならではの機能でしょう。iPod にも搭載されるかもしれませんね。
G4 プロセッサ搭載でも、iBook や Mac mini とは格が違うということを見せつけるマシンじゃないでしょうか。
PHS 最大手の DDI ポケットが、社名変更してウィルコム (WILLCOM) になりました。これは、親会社が変更となって KDDI グループの呪縛を逃れたことを示すための社名変更です。今までは、au 携帯電話の売上げを妨げないレベルでしか営業できませんでしたが、これからは携帯電話を食い潰すぐらいすごいサービスが出てくることが期待できます。端末を販売している店頭でも、AirH” や DDI ポケットの旧ロゴの上から新ロゴのシールが貼られていて、新社名と新ロゴをアピールしています。
DDI ポケットは、比較的 Mac 対応に力を入れているだけに、今後もがんばってくれることを期待しています。ただ、京セラ AIR-EDGE PHONE みたいに Mac 対応が未定になっていたり、MEGA-PLUS 高速化サービスVが Macintosh では機能が低かったりする (POP, IMAP, FTP が圧縮されない) のは、どうにかしてほしいものです。特に、MEGA-PLUS は有料サービスだけに、機能が削られているのは納得いきません。無料お試し期間が終わる7月末までには、フル機能をサポートしたクライアントソフトをリリースしてもらいたいです。
2005-02-03
今月1日をもって三宅島の全島避難が解除され、島民の帰島が始まりました。4年半も避難していたというのは想像を絶するものがあります。そんなに長く住んでしまえば避難先に愛着が出てしまって帰れないかと思いきや、やはり島を捨てることはありえないわけで、帰島する人が半分以上おられるそうです。
島民の復興はこれからです。災害援助というと、今はスマトラ島に目が行きますが、ここは三宅島も忘れてはならないでしょう。
きょうは節分です。関西では以前から、太巻寿司を切らずに、恵方 (徳のある方角) を向いて丸かぶりするという風習があります。食べている最中は口を訊いてはいけないというルールもあります。数年前まで関西ローカルの風習で、関東のスーパーでは特に太巻き寿司を売り出してはいませんでした。
しかし、コンビニがイベントを兼ねて2,3年前から予約販売を行うようになり、今年はついに全国の都道府県で販売されたようです。「恵方」という方角の概念が風水ブームにもマッチしていることや、値段も手軽な太巻き寿司というのがウケたんでしょうね。
節分といえば豆撒きが一番大きいイベントですが、これは家の中も外も豆だらけで汚れてしまうので、後片付けもラクな「寿司の丸かぶり」が流行るのもうなずけます。
関西生まれのわたしとしては、全国で丸かぶり寿司が買えるようになったというのは、なかなか感慨深いものがあります。関西の地盤沈下が叫ばれている中で、なかなかのヒットでしょう。
2005-02-04
勘違いしている人が多いのですが、2月11日は「建国記念日」ではありません。「建国記念の日」なのです。日本の歴史は古くて国ができた日付は不明だから、とりあえず2月11日を「記念する日」としてテキトーに決めたのです。
実は祝日法には、建国記念の日をいつにするか明記されていません。別途政令で定めることになって、たまたま、戦前の「紀元節」と同じ日に設定されているのです。紀元節は、「神武天皇が元日 (当然旧暦) に宮を建てた」ことを建国の根拠としていて、旧暦の元日を新暦に換算すると2月11日になるから、この日に設定されたのです。戦前の紀元節は、是非はともかくとして日付の根拠はあります。
しかし、現在の祝日法では、2月11日という日付に根拠はありません。当然、「2月11日に日本国ができた」わけではありません。だから「建国記念日」という言い方は明らかに間違いです。
最近、「建国記念日」という間違った表記が増えているように思います。単なる勘違いならいいんですが、この表記を広めようとする闇の手が動いているなら、嫌ですね〰。「建国記念日」という書き方は、国を崇め奉るべきだという思想が隠れているので、戦前の思想に戻ることになり危ないからです。
まあ、日本の祝日は、その大半が戦前の皇室行事と絡んでいるだけに、戦前生まれの人が間違えるのは仕方ないかもしれません。でも、今は「建国記念の日」なのです。誤解を減らすには、別の日にするとか、ハッピーマンデー化するといいんでしょうね。
ちなみに、皇室と無関係の祝日は、成人の日・敬老の日・体育の日しかありません。他は全て何らかの関係があります。憲法記念日も本来は無関係のはずですが、文化の日 (戦前の明治節) のちょうど半年前ということから、何らかの作意があると考えていいです。
さて、あしたは「カフェ玖伊屋」を欠席して、いずみちゃん主催の温泉旅行に行きます。
この旅行は、北越急行の美佐島駅に降り立ち、日本海回り(越後湯沢→新潟→余目→新庄)で宮城県の鳴子温泉の混浴湯を巡るという、ふつーの人はそんな経路を使わへんやろ!というマニアックな旅行で、鉄道および温泉が好きな人のみおすすめできるというものです。使用するきっぷは「土・日きっぷ」ですが、あえて東北新幹線を使わないところがミソです。
ところが、折りしも2月3日、4日の日本海側は連日の大雪。経路となっている陸羽東線 (新庄→鳴子温泉) は運休となっています。こうなると、当日も運休の可能性があるので、別ルートも検討しておかなければなりません。陸羽東線だけを見捨てる「新庄→福島→古川→鳴子温泉」というルートや、日本海を早めに見捨てる「坂町→米沢→福島→古川→鳴子温泉」、そもそも日本海を見捨てて新幹線使いまくり富豪ルート「越後湯沢→大宮→古川→鳴子温泉」があります。これらのルートは東北新幹線を使ってしまいますが、一部区間が運休という緊急事態では仕方ないでしょう。
駅すぱあとのダイヤ検索で検討してみると、新庄から福島経由 (山形新幹線)、仙台経由 (仙山線) のどちらでも、東鳴子着が遅すぎることが分かりました。宿のチェックイン (夜20時) に間に合わないのです。
したがって坂町に着くまでにその先の運転状況を確認して、坂町から分岐するかを決定する必要があります。坂町を過ぎてしまったら、腹を括って、陸羽西線、陸羽東線が運転休止にならないことに賭けるしかないのです。
さあ、どうなることやら。
2005-02-05
いよいよ出発です。朝4半に起床して始発近くの列車に乗り、埼京線で大宮まで出ます。埼京線ホームは地下ですが、エレベータで新幹線乗り換え口のそばに出られるので実は楽なのです。
大宮で合流した参加者は、1人を除いて前回と同じメンバーです。その新人さんは、事前のメールのやりとりでは「鉄道好きの MtF TG」という話でしたが、外見的には性別を越境している雰囲気がありません。服装も汚なくて単なる鉄道オタクという匂いがプンプンです。こりゃヤバイ、もといスゴイ人だと思いましたが、なんとかなるだろうということで、新幹線に乗り込みました。

たにがわ71号は200系という車両で、開業当時から運行されているボロいやつでした。車両がボロいんだったら特急料金をマケてくれと思うのは、大阪人的発想でしょうか;-)
高崎を過ぎるまでは何の変哲もない風景ですが、上毛高原を通過するときは豪雪でした。まさに「トンネルを出るとそこは雪国だった」という雰囲気です。越後湯沢も大雪で、防音壁に積もる雪は1m近くあります。軌道には数m感覚でスプリンクラーが設置されていて、ひっきなりに雪を溶かしています。これだけの豪雪地帯で200km/hを越える運転ができるんですから、すごい技術だと感じました。越後湯沢で大半が下車し、20%程度の客がガーラ湯沢まで行きます。もともと車庫があるところを駅にしたため、運転速度はゆっくりです。

さあ、ガーラ湯沢駅に到着です。さすがにホームには雪が5cmほど積もっています。スキー板をかついだ客はほとんどおらず、事前に配送したかここでレンタルするんでしょう。ほとんどの人がパンツルックで、スカートを履いている人もタイトスカートばかりで、わたしみたいにふりふりひらひらな服はありませんでした。スキー場でふりひら服というのは明らかに場違いでしょう。もちろんそれが狙いだったのです;-)

改札を抜けると、そこは空港の搭乗カウンターのようなおしゃれな内装でした。リフト券売場、スキー用品レンタルカウンターに行列がありますが、都内から新幹線で一直線で来られる場所とは思えないです。初めて来る人にビビらせるという面では成功でしょうね。
町営無料バスで越後湯沢駅に戻り、ここからは北越急行で美佐島駅に向います。が、越後湯沢駅の出発で、ある乗客が「連れが戻ってこない」ということで発車を待たせてしまいました。5分しても来ないため、運転手とホーム係員の判断で、その人は次の列車に乗ってもらうことにして発車することになりました。結局7分遅れになりましたが、この遅れが後々影響するとはこの時点では知る由もありませんでした……。
JR 上越線との分岐駅である六日町までは快速運転です。降りしきる雪で線路がほとんど見えませんが、そこそこのスピードで飛ばしていきます。六日町で後続の特急通過待ちをして、ここから北越線に入りました。
北越線はさすがに高規格線路で、線路がまっすぐ。魚沼丘陵駅からは単線トンネルですが、ここでは当然のごとく110km/hで飛ばします。関西私鉄ならこんな速度は当然ですが、田舎の3セクでこの速度は大したものです。トンネル内の交換所を通過して、目的地の1つである美佐島に到着です。なんと、ここから乗る人が1人おられました!! 列車が出てから、いずみちゃんの到着証拠写真を撮影し、駅舎探検を始めます。

トンネルは地下にあって、ホームのすぐ脇に扉を介して待合室があります。ここから数十段の階段を上ると地上駅舎で、川沿いの道路に面しています。駅舎にはトイレ、畳敷きの待合室、給湯室があり、ゆっくりくつろぐことが可能です。外に出てみましたが、とんでもない積雪です。雪はしんしんと降っていて、めったに人の通らないこの場所は時間が止まったようです。
そろそろ、もう1つの目的である「通過する特急列車の凄さを体験する」のため、地下待合室に向かいます。しかし、定刻になっても列車が来ません。どうやら、越後湯沢の発車遅れと雪による徐行の相互作用でダイヤが乱れているようです。遅ればせながら列車がトンネルに入ったようで、風圧による風切り音が鳴り始めました。トンネルと待合室の間のドアの建て付けが悪いのか、風切り音はピューという耳障りな高音です。しかーし、1分ほどすると列車が停車したのか音が止まりました。どうやら信号所で停車したようです。

(MPEG4動画:874KB)
そして、数分後、また風切り音がしました。今度は案内放送が流れます。「まもなく、高速で列車が通過します。大変危険です。ホームには絶対に出ないでください。」そう言われても、ホームへのドアはロックされています……。上りということは越後湯沢方面で、十日町を出てから美佐島を通過するまでの加速時間が短かく、あまりスピードが出ません。実際、列車の通過も大したことがなく、むしろスムーズな通過でした。

(MPEG4動画:664KB)
ほどなく、下り列車が走り出したらしく、風切り音が鳴って「まもなく……」と案内放送がしました。本来、下りは十分に加速されていて160km/hでの通過が楽しめるはずですが、今回は信号所からの加速のため、大したことはありませんでした。
しばらくすると下り普通列車が来ました。約8分遅れです。予定では、この列車に乗って十日町で途中下車して、JR 高崎支社のキャンペーンによるコシヒカリ1kgプレゼント券を引き替えるのですが、ダイヤが乱れたため十日町で行き違いの上り列車にすぐ乗ることになりそうなので、あきらめて美佐島で待ちました。ところが、越後湯沢ゆき列車は15分も遅延して到着したのです!! これでは、十日町で7分余裕があったわけで、コメをもらうことは可能でした。まあ、危機管理の面から、安全策を取って美佐島で待つのは間違っていないわけで、運が悪かったと言えるでしょう。
ふたたび越後湯沢に戻りました。ここで新庄駅に電話して運転状況を確認すると、陸羽西線で早朝の運休があった程度で、以後はほぼ平常通りの運転のようです。羽越線も遅れている様子はなく、ここで「予定通りの行程とする」という方針が決まりました。もし雪がひどくなっても、それは覚悟の上です!!
新幹線ホームに上がると、いずみちゃんは「越後湯沢駅」の2度目の証拠写真を撮影されていました。美佐島駅に行く前はほくほく線ホームでの証拠写真、今回は新幹線ホームでの証拠写真です。JR上越線ホームでの証拠写真は撮っていませんが、ほくほく線ホームの駅名標は JR 東日本スタイルなので、それで OK のようです。
新潟までは、新幹線2階建て車両の上階で沿線風景を見ます。近鉄ビスタカーの2階、京阪特急ダブルデッカーの2階などに乗ったこともありますが、東北・上越新幹線の2階は初めてでした。2階建て車両だと1階に乗るのが好きなので、新幹線の2階は乗ったことがなかったのです。
乗ってみると、防音壁よりも1mくらい上に窓があり、高架橋から近い部分の地平も見ることができます。折りしも雪がすごくて、辺り一面雪原でした。崩壊した家やビルは見当たらず、新幹線の沿線は地震被害が少なかったのかもしれません。台風による堤防決壊地域も新幹線からは離れているようです。

新潟で駅弁を入手して、いなほ号に乗り込みます。酒田までの長丁場ですが、シートピッチが狭い上にほぼ満席で、圧迫感が相当ありました。さっそく弁当を広げて食事とします。購入したのは「佐渡朱鷺めき弁当」というベタなネーミングのものですが、パッケージや具材の凝り方は見事でした。箸袋が朱鷺の形なんてすてきすぎます。

新発田・坂町と少しずつ下車客がいましたが、村上で半分ぐらい下車してしまいました。旅客流動的にはここまでが多いんでしょうね。村上から先は日本海沿いを走り、険しい岩に波しぶきがかかっているすばらしい風景を楽しめるところです。残念ながら、われわれの近くの海側席は空かなかったので、ちょっと離れた2人席に移動して風景を楽しみました。
鼠ケ関を過ぎてあつみ温泉に停車すると日本海からは離れます。また雪が舞ってきたので不安になって現在時刻を調べると、定刻より5分遅れているではありませんか。酒田まで行くと折り返しの最上川3号に乗れない可能性が出てきました。安全のため、余目で下車することにしました。
余目は小さいながら待合室があり、寒さを凌げます。ここで最上川3号に乗車しますが、大宮からは初めてのローカル列車となります。トイレ付きディーゼルカーの「キハ710系」で、比較的高速運転ができるようです。行き違い列車の到着が遅れたため、5分遅れの発車です。新庄までは途中1駅停車だけの快速運転で、30分ちょっとで新庄に着いてしまいました。沿線には白糸ノ滝があるんですが、列車からは確認できませんでした。
新庄駅には5分遅れのまま到着しました。ここは、陸羽西線、標準軌の奥羽本線 (山形新幹線) を行き止まりにして、ホームをH字型にしてあります。このため、跨線橋を使わなくてもすべての線路に行くことができます。新庄止めの列車がほとんどなので、このような配線が可能になったのでしょう。乗客の利便性を最優先にした、よい設計だと感じました。


次に乗る列車まで50分の余裕があるので、夕食の鯉鍋のための野菜を購入しました。駅前に市場がありますが、土曜日夕方ということもあり、ほとんど閉まっています。地元産の庄内ねぎなどを入手して、駅に戻ります。
待合室には、乞食も2,3人いて「おねえさん、パン買うお金200円ほどくれないか」と言われてしまいました。ここは毅然と断わります。「そういうのは警察か役所で言うてくださいね。」乞食になったのは事情があるでしょうが、一般市民にたかるのは許せません。いくら不況でも探せば仕事はあるし、役所は救済手段 (宿泊所や弁当など) を提供しているはずです。おせっかいにもお金を恵んでしまうと、仕事を探す努力をしなくなるので、結局タメになりません。
乞食を追いやると鳴子温泉ゆき普通列車の改札をするアナウンスが流れました。この列車が終点まで運転されれば、宿に時間通り到着することは確実です。昨日はヒヤヒヤしましたが、なんとか到着できそうです。陸羽東線はどの駅とも積雪がすごくて、ホームの端や留置線などは2mぐらい積もっています。日も落ちて段々と暗くなっていきます。1時間ほど乗車すると鳴子温泉駅到着です!!
初めて来る鳴子温泉駅は、列車を降りるなり硫黄の匂いがたちこめていました。温泉街でも、駅のホームにまで硫黄臭がするところは珍しいと思います。硫黄臭を楽しみたかったのですが、目的地は隣駅の鳴子御殿湯駅です。そそくさと向かいに止まっていた列車に乗り込むと、「新庄ゆき発車しま〜す」という車内放送が!! 逆方向の列車だったのです。あわてて下車しました。小牛田方面は跨線橋を渡っての乗り継ぎだったのです。アセアセ……。
やっとのことで、本日最後の乗車となる小牛田ゆき列車に乗り、1駅だけ乗車して鳴子御殿湯駅で下車しました。

長い鉄道乗り継ぎも終了し、いよいよ目的の東鳴子温泉に到着です。昔は駅名も「東鳴子」だったのですが、駅名をかっこよくする風潮にもまれて「鳴子御殿湯」となりました。駅舎は最近建て替えたらしく、おしゃれな外観です。
駅前の「なるみ観光ストアー」で大栗まんじゅうの「なるまん」を購入して、宿である高友旅館に向います。街道はひっそりしとしていて21時すぎではないかと思わせてしまいます。まだ18時すぎというのに……。川沿いにバイパス道路が開通したため、車の往来も少なくなったことも原因でしょう。
途中、氏家鯉店で予約していた鯉のアラを受け取りました。かなり包みは大きそうで、5人で食べられるのか不安……。

さあ、高友旅館に着きました。昔ながらの外観です。ここは旅籠と自炊宿の両方があって、今回は自炊宿に泊まります。後から建増しした自炊湯治用の建物は、部屋に炊事場があって冷蔵庫と食器類が用意されています。
まずは近所の田中旅館の温泉に入ります。風呂だけ利用者の入口があるのですが、18時すぎということもあって、電気がついていません。入口のガラス戸に「締切」という札が斜めに貼ってますが、あたかも「差押」という感じに見え、ホンマに営業してるんか〰と疑ってしまいました。こんな鄙びた感じは東鳴子ならでは、と言えるでしょう (ホメてるんかケナしてるんか分かりませんね :-)。
ここの浴室はドーナツ状で、真ん中は吹き抜けになっています。ここに雪が積っているんですが、遠目には、泡風呂かと見えてしまいました。湯は少し熱め (43℃ぐらい?) で、入るのにちょっと苦労しました。浴室は電灯は少なめで湯気が充満しているので、少し陰気です……。
田中温泉から戻ると、次は夕食その1の「大衆食堂舞でミソラーメン」なのですが、わたしは道中でおつまみを食べ過ぎたので、舞はパスしました。宿に残る間、野菜の下ごしらえをすることにしました。が、左足靴下の親指あたりが真っ赤です。あわてて靴下を脱いでみると、少し皮がめくれて出血していました。どうやら、田中旅館の湯船でケガしていたようです。絆創膏を持ってきててよかった。
ちょっと時間をロスしましたが、気を取り直して野菜を切ります。まな板、包丁、ザル、鍋が揃っていて、家の炊事場と使い勝手は変わりません。すばらしい〰。ほどなくみなさんが戻ってこられて、続きの仕込みはバトンタッチしました。鯉はアクが大量に出るので、20分ほど下茹でしてアクを取る必要があるようです。味付けは参加者の1人が持参した白味噌です。鯉は、あっさりしているようで、コラーゲンたっぷりでコクがあります。大した味付けをしていないのに、しっかり旨味があるのは、すごい。ただし、少しわたしの好みの味と違ったので、あまり箸は進みませんでした。参加者のみなさんは「うま〰」と言って鍋の中身がどんどん減っていくので、ゆっくり食べれば自分の割り当ては減るのでした:-)
鯉は予想通り量が多く、鍋3つ分ありました。2つ目ができあがるまでの間、ここの「黒湯」に入ることにしました。昔は本当に真っ黒だったようですが、今は湯の入れ換え頻度を増やしているようで、黄緑色をしています。こちらも相当に熱く43〜44℃ぐらいありそうです。水道のホースを湯船に垂らして水を注いでちょっとうめました。源泉パイプが浴槽から外してあるのが気になったので、そこから流れる湯に触ってみると微温かったので、水道を止めて源泉パイプの湯を浴槽に流しました。うーむ。これでなんとか全身漬かれそうです。
いずみちゃんと2人で入っていましたが、後から男性(と思われる)2人組が入ってきました。少し遠慮がちで、いずみちゃんが「どうぞ」と声を掛けてもなかなか入ってこられません。遠慮する方がかえって性別の違いを意識させるので、よくないんやけどな〰。混浴に入るということは、性別を意識しないで入浴しているということなので、先客がどんな人であっても堂々と入ればいいのです。
風呂から戻ると鯉鍋ができていました。今回もゆっくり箸をすすめてました。食後は枕投げなどするわけがなく、床につきました。
2005-02-06
朝は7時起床でした。予定では、陸羽東線沿線の温泉5か所を巡ります。ところが、朝食の鯉鍋の仕込みと食器の洗浄で時間がかかったので、1つめの馬場共同湯をあきらめざるを得なくなりました。
ということで、8時47分発の路線バスに乗り込み、川渡 (かわたび) 温泉の隆陽館で下車します。この辺はフリー乗降なので、運転手に「隆陽館前まで」と言うと、ホントに目の前で降りられます。便利便利。
以前は中くらいの浴槽1つで混浴だったのですが、それを2分割して男女別浴にしたら不評だったので、家族風呂2つにしたという、経営の難しさを語るような浴槽です。どちらも5人入れば満杯になるぐらいの広さでした。源泉かけ流しですから、あまり大きくできないのは仕方ないでしょう。全員が入るとどっさりと湯が溢れてしまい、出るころには水面が10cmぐらい下ってしまいました。
源泉の温度自体は43度ぐらいありましたが、参加者の体が冷えていたために湯が微温くなり、ちょうどいい湯加減になりました。湯の色は黄色と緑色の中間で、湯の花は白と黒の両方ありました。朝からいい湯に入って極楽の気分でしたが、移動の都合があるので20分ほどで上がりました。
川渡温泉駅までは路線バスを使いたいのですが、ダイヤ改悪で減便されてしまってちょうどいいバスがありません。駅まで2kmもなく、雪も除雪されているので、歩くことにしました。列車は高台を走るため、ゆるやかな上り坂ですが、そんなにきつくなく、一歩一歩踏みしめながら歩きました。予想通り、駅までは25分ほどで到着。臨時快速の湯けむり号仙台ゆきが到着する直前でした。
ここで、10:17発の鳴子温泉ゆきに乗りますが、実は前2両は新庄まで直通するので楽ちんです。当然後2両、もとい前2両に乗り、運転席の近くを陣取ります。運転席の脇には保線担当っぽい方が乗っていて、積雪状況をチェックしているようでした。わたしは、駅で購入した缶コーヒーでちょっと息抜き……。

中山平温泉駅には30分ほどで到着しました。到着直前に温泉街の様子が線路から見えたので路面状態を確認すると、急な坂の部分は雪が解けているようでした。これなら安心です。駅について記念撮影してみましたが、足元の雪が柔くて立っているのも大変でした……。
ここから温泉街まで歩きますが、国道沿いは一応除雪されているものの、5cmほど積っています。アップダウンもあって結構大変。時々通る車も慎重に運転しています。そうしていると、元蛇乃湯に到着。露天風呂は奥にあるようですが、「露天風呂」と書いてある建物の前には20cmもの積雪があって、足跡が少なく人があまり通ってないようです。不審に思いながら行ってみると、そこは「もらい湯」用の入口でした。がーん。入浴はもっと手前のガラス戸から入るのでした。ふりひら服に雪がいっぱい付いてしまった〰。
自炊湯治の部屋がある廊下を通ると露天風呂がありました。露天といっても、冬は全面にガラス戸が入っているので、外の景色が見える内風呂という感じです。先客は3,4人ぐらいで、どちらかというと年配の方が多そうです。その後もお婆さんの団体が入ってこられたりで、だらりと垂れた胸を隠していないのはさすがというか、あきらめてはるというか……。湯はかなり黒く湯の花も黒いものばかりです。にゅるにゅるする感じもあり、肌がきれいになりそう??。
時間に余裕があると思ってゆっくり漬かっていましたが、12時を過ぎたということで出ることにしました。ところが、今回初参加の人が靴下が行方不明だということで一悶着。さらに、昼食スケジュールをいずみちゃんが決めてなかったので、参加者が「食事はちゃんとしたい」と一悶着。に入る予定をやめて食事を優先することになりました。
が、元蛇乃湯にある食堂を利用しようとすると、あらかじめ「風呂+休憩の料金1000円を払う必要がある」ということで撃沈。われわれは風呂だけの800円しか払っておらず、追加料金を入口に戻って納めるのは雪で大変なので、素直に退散しました。国道沿いのレストハウスを目指すことにしましたが、国道まではつづら折りの上り坂。20分近くかかってやっと到着。
当然、国道は除雪されていて、雪融け水が脇を流れています。そこに60km/hぐらいで飛ばす車が通過!! 見事に水を跳ねてわたしの頭からばしゃーっと掛けてくれました。量は大したことないものの、雪道を高速で飛ばし、水を歩行者に跳ねるという非常識さに、わたしはブチ切れました!! 「こら〰。水跳ねして逃げる気か〰。」しかし車はもう走り去っています。ナンバープレートも控える余裕はなく、完全に泣き寝入りです。こういうアホな車を取り締まるため、即時免許停止のうえ一生免許取得できないような罪を新設するべきでしょう。現行の道路交通法では「車は歩行者より偉い」と勘違いしているアホ運転手対策が緩すぎなんです。
一悶着ありましたが、レストハウスに入った時点で12時35分。赤倉温泉に行くには、13:08発の新庄ゆき列車に乗る必要があるので、昼食するのにぎりぎりの時間しかありません。すぐ出てきそうな、カレーライスや月見そばを頼みますが、10分立っても出てこない……。5分で食事を済まさないといけないか、と覚悟しましたが、時刻表を見ると臨時列車の影響で土日は9分遅い発車であることが発覚。14分の余裕ができました。しかし、まだ食事は出ず……。その10分後(トータル20分待ち)に出てくる始末で、もはや余裕はなくなってしまいました。そこで赤倉温泉はあきらめて反対方向の列車(13:50発)で鳴子温泉に寄ることにし、30分近くゆっくりすることができました。
食事を済ませて勘定を払うとき、「時間間に合いますか?」と聞かれました。多少気ぃ使ってくれたはるなーと思いましたが、後の祭。「予定変更したので大丈夫ですよ。もともとギリギリのスケジュールだったので……」と愛想ふりまいておきました:-) 最初からさっさと提供してほしかったなーー。

さあて、駅に戻りますが、国道のゆったりした下り坂で、歩道も除雪されているんですが、ちらちら雪が舞ってきて歩みが進みません。ふりひら服のスカートも粉雪が付いていきます。駅まで20分かかってしまいました。
線路にも雪がうっすら載っていて、その影響で列車は7分遅れで到着しました。列車が遅れるんだったら、食事を急いで赤倉温泉方面の列車に乗れたかも、と思いましたが、万が一乗れなかったら狭い待合室で時間潰しすることになるので、まあいいかということになりました。

今回の旅行で2回通過した鳴子温泉駅ですが、改札を初めて通りました。ここの駅舎も去年建て替えたらしく、近代的なおしゃれな建築です。駅には無料の足湯があって、ここで暖まることもできます。
鳴子温泉のどこに行くかということで、まず「農民の家」という農協系の宿に行こうと思いましたが、雪道の坂はきつく危そうなので没。逆方向に戻って「旅館すがわら」の湯に入ることにしました。
ここは比較的ランク高めの旅館で、大風呂と露天風呂が混浴になっています。重曹・食塩泉なので湯の色はほぼ透明ですが、白や黒っぽい湯の花が舞っていて、源泉かけ流しであることを実感させます。きちんとした旅館なので、ボディソープやシャンプーが装備されているのは助かりますが、体や髪を洗った泡が浴槽に入ってしまいそうになる設計はちょっとまずい気がします。
大風呂はちょっと熱めだったので、露天風呂に入ってみました。実は陸羽東線からこの露天風呂が見えるらしいですが、距離がかなりあるので体は見えないでしょう。さすがに外は微温くて、楽ちんでした。こちらにも源泉がちょろちょろ注がれています。本日最後の湯ということで、ペットボトルに湯を詰めて土産にすることにしました。ああ、温泉泥棒や〰。
15時すぎには風呂から上がり、帰路に着きました。途中の和菓子屋に「銘菓・かま男」という看板が気になったので店に入ってみると、「かまどを守る男」という由来の饅頭菓子でした。せっかくなので5つ買って参加者に配ることにしました。1つ95円(税込)です。
そうしていると、小牛田ゆき列車が入線していたので、乗り込みます。あとは列車を乗り継いで帰るだけです。
列車はだんだん平地に降りていき、雪景色ともおさらばです。古川に着くころには雪は見当らなくなってしまいました。小牛田 (こごた) で東北本線の電車に乗ります。都会的な車両はひさびさに見る感じがします:-) ここから仙台まで南下しますが、途中、仙石線と接近し、松島の見える海岸を線路が並走します。東北本線からはあまり海は見えないんですが、ちらりとは見えます。

50分ほどで仙台に到着しました。ここからは東北新幹線ではなく、常磐線をスーパーひたち号で帰るのです。指定券が5人固まった席で取れなかったので、自由席に並ぶ必要があります。発車の45分前だったので、当然列の先頭に並ぶことができました。列車の入線まで時間があるので、交代で食事と酒の調達をすることにしました。
18時すぎに列車が入線しました。仙台発は4両で、いわきで7両増結して上野まで11両で運転します。いわきまでの利用が少ないことが分かります。まして上野まで通して乗る人は少ないでしょう。新幹線なら1300円の追加で2時間半も短縮できるんですから……。

さて、自由席の乗車率は60%ぐらいと比較的多めです。われわれは窓に酒を並べて「酒盛をするぞ〜」ということをアピールしました。騒がれるのが嫌なら遠い席に座ってください、という意味です。わたしは腹ごしらえということで、さきほど購入した「三陸うに弁当」を開きます。蟹と雲丹が並んでいておいしそ〰。
さすがに疲れているのか、みなさん酒はちびちびで、どんちゃん騒ぎということはありませんでした。前回はけっこう騒いだ気がするんですが、いろいろあって精神的に参っていたのかも:-)
いわきで列車を増結したら、少し速度アップしました。線路状態がよくなったのでしょう。取手あたりから複々線区間に入ると、水を得たかのような高速運転になり、あっと言う間に上野に到着しました。我孫子か北千住に止まってくれたら、わたし的には楽なのに〰。
上野からは、山手線・中央線などを乗り継いで帰宅しました。おつかれさま〰。
2005-02-11
本当は旅行中にリアルタイム更新したかったのですが、最中も旅行後も時間が取れず、延び延びになってしまいました。とりあえず6エントリを放出で〰す。